僕の生活拠点は広島県福山市です。
東京にも事務所を構えていますが
行ったり来たりの生活ではなく
広島時々東京、って感じですかね。
とはいえ、東京生活が長かったので
地方都市の生活では発見が多く
先日もちょっとした驚きにも似た
発見がありました。
それは地方紙の一面を飾った
トピックで、
「某スーパー(広島の地場産業です)の
創業地が、某ハウスメーカーに売却される」
というものでした。
え、何がショックだったかって?
それは決して売却のニュース
そのものではなく
そのような記事が一面を
飾ってしまうという現実を
目の当たりにしたからです。
誰もが知る地場産業の創業地が
全国区の大手ハウスメーカーに
売却されるというのは、確かに
広島県民にとってショッキングな
出来事でしょう。
でも、一面に載せることなのか?って
ツッコミたくなりますよね。
だって、地方紙とはいえ新聞ですよ!
僕が思うに、新聞というのは
他メディアよりも公共性と信頼性が高く
その内容を享受することにより
教養レベルが上がるようなもので
あるはずです。
ワイドショーやゴシップ誌とは
違うのです。
そう考えると、少なくとも
スーパーの創業地の云々の話は
一面に載せる内容ではないと
思ってしまうのです。
ちなみに、僕は全国紙と地方紙の
あり方を比較したいわけではありません。
この問題は、全国紙でも起こり得ること
ですからね。
要は、そのトピックが
深堀りするに値するかどうかなんです。
そこからは、地方の小売業と
全国区のハウスメーカーの力関係や、
買い物→ホテル
つまり
モノ消費からコト消費への
シフトというニーズの変化などは容易に
読み取れますが、でも、それくらいですよ。
もっと時代の断面を切り取るような、
あるいは社会の本質を抉るような、
シャープなトピックを
投げかけるのが新聞ではないでしょうか。
事実を伝えると同時に
問いを立てて考えさせる。
少なくとも僕は、新聞には
そうであって欲しいと願っています。
コスパ、タイパが重視され
深堀りするという行為が時代錯誤の
ように思えるかもしれませんが
深堀った先には楽しくも豊かな世界が
あるのではないでしょうか。
例えば僕はバイクに乗ります。
買って乗るだけなら誰でもできますが
ちょっとカッコよくしたいから
改造をするとなると(法律の範囲で笑)
バイクの構造を調べたりします。
そして、より速く、より美しく
走行するためには
最適なカーブの曲がり方を
研究したりもします。
経営も然り。
より良い経営をしようと思ったら
決算書を読み込んで、深掘りして
改善点を見出したりしますよね。
僕は深掘りなくして
新しいアイディアは生まれないと
思っています。
物事を表面的に
浅く理解するだけでは、
経営も、それこそ人生も
浅いものになってしまう
とも思っています。
……以上のようなことを
地方紙の一面のトピックから
思ったのでした。
あれ?十分に
深掘ることができた?!笑