人間は社会的な生き物なので
誰だって少なからず
物差しゲームの当事者であると
言うこともできます。
何のこと?って思いますよね。
少しだけ補足をしますね。
物差しゲームと言うのは、つまり
他人との比較において
自分の現在地を確認してしまうこと。
さらに言うと、それで
一喜一憂してしまうこと。
学生時代では部活のレギュラー争い
テストの点数、受験の合否など。
社会人になってからは
業績、給与の額、昇進レースなど
残酷なほど自分と他人を比べる
物差しは多く存在するんですよね。
やれやれ。
もちろん僕も当事者の一人で
保険の営業社員だった頃は
その際たる例でした。
何しろ全社員の売上ランキングが
(トップからビリまでです!)
開示されるような環境だったので。
独立してからは、物差しゲームから
解放されたのか?と考えると
決してそんなこともないです。
物差しの種類こそ変わりましたが
やはり完全に
「自分は自分だから人のことなんか
気にしないもんね」
って感じにはなれないわけで。
そんな僕ではありますが
現在進行中の自分経営塾では
「自己理解こそ大事。
他人との比較ではなく
自分の中に物差しを持て!」
なんてことをエラそうに言っています。
正直僕はゆらぎの中にいます。
どっちの物差しを選ぶべきか
本当にわからないのです。
自分の物差しだけになってしまうと
幸福度は上がりそうですが、
心も体もすっかり弛緩してしまって
俗に言う“平和な人”に
なってしまいそうで……
例えば僕は筋トレをしていますが
健康維持のためにやっているというより
人からどう見られたいか、を意識して
やっているような気がします。
仕事もそう。
かつては超がつくほどの
競争社会にいたので、
人と比べることがあまりに自然で
「物差し上等!」って
思っていました。
ですが、今は誰かとの比較ではなく
自分の中に厳しい批評家が
いればいいわけですから
僕がOKと思えばOKなんですよね。
でも、それでいいのかなって思います。
他人の目/他人の評価を意識しなくなったら
自分の中の“何か”が終わるような
気がしています。
ちょっと大袈裟な言い方かもしれませんが。
組織を離れても、東京を離れても
きっと本能レベルでは
前線で戦いたいと
感じているのでしょうね。
そんなわけで、物差しゲームの呪縛から
逃れられない僕ではありますが
せっかくなのでゲームを
楽しもうと思っています。